おしゃべりな鳥たち

おしゃべりな鳥たち浜は暮れつつあった。

熱署の昼間の喧騒もすでに薄れ、海から流れ来る風は、生ぬるさを残しながらも火照った肌に爽やかさをもたらす。

黄昏の浜には、多くのひとがいるはずなのだが、そのさんざめきは不思議に感じられず、浜の流れているのはかすかに聞き覚えのある民謡の調べ、歌声。

炭坑節や東京音頭に加えて聞こえるこの歌は、「葉山音頭」ではなかったか。

 

去年も同じとき、この森戸海岸で、この葉山音頭を聞いていた。ひとりで。

そう、去年のいま、未紗が逝って2か月たったそのころ、私はひとりだった。限りなくひとりだった。

ひとりで、海の家「ノアノア」でビールを飲み、誰と話すわけでもなく、盆踊りを眺めていた。

盆踊りのひとの輪の中に、未紗の面影があるような気もして、探しては見たが、未紗に会うことはなかった。

あの頃、私はひとりだった。

 

おしゃべりな鳥たちいま、私はひとりではない。

同じ黄昏ゆく浜の、同じ盆踊りを、同じ「ノアノア」でビールを飲みながら眺めてはいても、いま私のそばには4人の女性がいる。

それぞれが生ビールのグラスを手に、にぎやかに、楽し気におしゃべりを続け、それはやむことがない。

私たちのテーブルには、普段はメニューにもない、私たちのこの夜のために、シェフのゴリさんたちが工夫を交えて特別に調理してくれたスペシャルメニュー。いつも私とみゆきさんのためにちょいちょいと作る「ゴリジナル」を、さらに発展させた「スーパー・ゴリジナル」だ。

ほかのテーブルにももちろん客はいるのだが、私たちしかいないかのように、テーブルは、最初から盛り上がっている。

女性たちのおしゃべりは、かたときも休むことなく続く。

そのにぎやかさは、あたかも小鳥たちのさえずりだ。

そう。この、みゆきさんも加えた4人は、鳥、なのです。

おしゃべりな鳥たちなのだ。

 和田麻里
  みすぎ絹江
  松浦直子

そして、みゆき・イザベル。

 

おしゃべりな鳥たちの話をしよう。

 

おしゃべりな鳥たち盆踊りの数日前に、葉山の「旧伏見宮別邸」で、あるコンサートが行われた。

今年の5月、同じ場所で開かれたみゆきさんのピアノコンサートについては、ここで紹介したが、今回は、4人の女性によるコンサート。

題して、

 

 おしゃべりな鳥たちのコンサート

 

実はこの4人、同級生。

おしゃべりな鳥たち都立東京芸術高等学校の音楽科で学び、それぞれ東京藝術大学、武蔵野音楽大学、桐朋学園大学に進み、そののちも別々に音楽活動を続けてきたプロフェッショナルたちだ。

こんな大昔(!)の同級生が、なぜいま一緒になってのコンサートかといえば、みゆきさんが3年前にアメリカから帰ってきたので、久しぶりに会おう、となり、会えばおしゃべりは音楽のことばかり。

じゃ、みんなでコンサートをしない?

私がこないだコンサートした、素敵なホールがあるのよ。

と、みゆきさんがいって、やろう、やろう、となった、偶然の産物。

それから、葉山と東京、4人は手分けして、ポスターを描き、チケットを作り、構成、曲目、演出、分担を打ち合わせ、おしゃべりとメールのやり取りを、限りなく繰り返し、ようやくこの日を迎えたのだった。

 

おしゃべりな鳥たち素晴らしく暑い日だった。

高齢者の私には、外出さえ控えようかという猛暑日だった。

会場ホールにはエアコンもなく、数台の扇風機が回るだけ。

設営の手伝いに行った私は、初めのピアノの移動だけでダウンしてしまい、年代物のソファーで休憩していた。 

それにしてもこの、鳥たち、は元気だ。

80席余りの椅子を運び、並べ、冷たい飲料水の準備をし、あれはなんというのか、ガツンと叩けば冷たくなるパッド。ホカロンの反対のようなものを、ひとりひとつずつ配るように、受付に積み上げる。

その合間に、外の樹木に案内の札をつるしに、炎天下、出ていったり、さらに少しの暇を見つけ、作り、自分の練習。

こんな作業に、ペットシッターの治美さんが助けに来てくれ、荷物運びなどのほか、受付までこなしてくれた。みゆきさんのひととなり故のことだろう。

 

おしゃべりな鳥たち懐かしい同級生たちとのコンサートで、鳥たち、は喜びの頂点にいたようだ。

私には、入り込めない世界ではあった。

 

コンサートは、大成功だった。

みゆきさんがチケットを配った葉山のひとたちはもちろん、あとの3人の関係者たちで、ホールは超満員。

鳥たち、が歌い、ピアノを弾き、おしゃべりをする、その姿に、客たちは魅了されていた。

モーツアルト、リスト、ショパンのピアノは、みゆき・イザベル。

声楽家の和田麻里とみすぎ絹江は、『フィガロの結婚』のソプラノ・デュエットを演技付きでうたい、またはミュージカル『キャッツ』、『ジーザーズ・クライスト・スーパースター』などは、劇団四季に所属していた和田麻里。

おしゃべりな鳥たちシューベルトの歌曲などはみすぎ絹江。

そうした歌声に、松浦直子が、鮮やかに、爽やかにピアノ伴奏を重ねていく。見事に分担し、しかも多岐にわたる。

 

ピアノ、歌の合間には4人がそれぞれ、あるいは並んで立って、おしゃべり。曲の解説というより、自分たちの昔話。これが結構受けていた。

 

休憩を挟んで2時間余りのコンサートは、終わった。

暑さに文句をいうひとも、不調を訴えるひともなく、みんな、満足げに去っていった。

 

おしゃべりな鳥たち「ノアノア」での集まりは、盆踊り見物、というより、このコンサートの打ち上げ、が目的だったのだ。

鳥たちのおしゃべりが、再び蘇った。

3人の鳥たちが、みゆきさんと私に、口々に、さえずった。

「みゆき、よかったね」

「みゆきをよろしくね」

 

 

おしゃべりな鳥たち

Backnumber

浜辺の上の白い部屋 | ジェイコブスラダー | 初めての雪、終わった雪シーサイド葉山の呪縛

40年余り昔 | 花粉症のおはなし | 浜は生きている |つまらない健康おやじ

いま死ぬわけにはいかんのだ | 夏の初め、浜の応援団 | 夏の初め、海の体育祭

何回目かのいいわけが始まった | ヤンキーな夏が逝った | 奇跡のシャンパン物語

ハスラーがやってきた | 孤独な老人のひとりごとひと夜の臨死体験"ぶぶはうす"巻き込み計画

テレビの悪口 | 凄い“同級生”たち | いま改めて感謝の日々 | 日々是好日ミンミンの目だった

集中治療室 |マリアになった未紗 | 聖母被昇天 | 未紗がたくさんいる部屋で | 花火の記憶

なにもしない。誰もいない。 | おしゃべりな部屋で | 祭りの日に | ごめんね、ドゥージー

ずっと一緒に | 「ベニスに死す」のように | 蘇ったJAZZ | 美と芸術の女神か | エスメラルダ物語

ホイリゲな夜 | フォンデュな夜 | プーリーの革命と深まる謎 | 花の配達人 | へぇ、そうだったのか

小さなクリスマス | 虹の橋の伝説人生を描き切った ヘレン・シャルフベック | 高価なチャールス・ショウ三寒四温春が来たのに | おしまいの季節、遠い世界 | 忙しくも季節は流れ |ツバメに感謝、子犬に感謝 愛させてくれて、感謝 | 巡る季節の中で | 素敵な音楽家たち | 海に還った未紗