公共の電波で
愛を叫ぶ
本が売れているらしい。
もちろん数年ぶりの著書「葉山 喜寿婚の浜」のことだが、これが思いがけない売れ行きを見せているのは、私にとっていささかくすぐったい気分ではある。
というのは、27年昔アメリカに渡る前に、長期にわたって書きまくった多くの本と違って、この本には売ろうとか、売れればいいな、といった思いはほとんどなかったからだ。
前妻の介護の日々から、その死、そののちの「引きこもり老人」の時期を経て、浜でのみゆきとの出会い、交流。
ふたつの心がひとつになって、ついには結ばれる、といった一連の流れを、大きな驚きと感動、そして誇りやかな気持ち、はっきりいえば、自慢、お惚気のたぐいだが、そんなきわめて個人的な記録がまさか売れるとは考えてもいなかった。
私にすれば、みゆきと紡ぎあげたこのひとときが、こうした記録に残っていることこそが大切だったのだ。
しかし、いまのところは葉山、湘南という地域限定だろうが、私とみゆきを取り巻く環境は、確かに変わってきてはいる。
みゆきとふたり、犬を連れて浜を歩いているときにすれ違うひとの何人かは、
「ご本を読みましたよ」
「おめでとうございます」
などと声をかけてくれる。
いつも浜で出会う、いわゆるイヌトモではなく、会ったことはあるのだろうがよくは知らないようなひとにまで、そうした言葉をかけられると、
「ありがとうございます」
と答えながらも、あれあれ、という気持ちになり、みゆきと顔を見合わせる。
あるいは、「エスメラルダ」のテラスや、「スターバックス」のオープンシートなどに並んで坐っているときなど、通りがかりの、多分葉山のひとではない、観光客らしいひとから、
「本をお出しになったおふたりですね」
と話しかけられたこともある。
この時期、京急電鉄が、逗子、葉山への乗客拡大を狙って、「葉山女子旅」なる企画を進めており、その客たちだろうと思われるが、葉山に来たついでに書店によって葉山話題の本を買ってみた。あるいは立ち読みしてみたのだろう。
その、いま見たばかりのふたりが目の前にいたので思わず声をかけてしまった。
そういうことに違いない。
この時代、高齢者の諸問題がテレビをはじめとするメディアで多く取り上げられており、そこに夏を前にした湘南ブームも加わって、私の本もいくらかの恩恵を受けているのかもしれない。
その証拠に、私たちの住所も連絡先も知らないいくつかのメディアなどからの問い合わせが、出版社にあったようだ。私の名前も、すでに忘れ去られているのだろう。
本が売れているらしい理由としてもうひとつ、当事者の大事なかたわれであるみゆきの「活躍」も大きい。
みゆきは、自分のこと、自分たちのことが、こうして本になったのをことのほか喜び、出版前には葉山の多くの店。レストラン、カフェ、喫茶店、ブテッィク、ケーキ屋、花屋などにチラシ、パンフレットを置いてもらい、みずからのフェイスブック、メール、ラインを駆使してたくさんのひとに、「わたしたちのことが、本になりましたよ」お知らせしまくっていた。
引きこもりがちで、仲間、友達が極端に少ない私と違って、人間大好き、友達大好きで、みずからも多くのひとに好かれているみゆきなので、この宣伝効果も売れ行きに結びついているのは確かだろう。
ありがとう、というと、みゆきは笑う。
「だって、わたしが一番うれしいんだもの」
こんなみゆきが、たまらなく好きだ。
と、どさくさ紛れにまた惚気たところで、ちょっとしたニュースをお伝えしよう。
ラジオでおしゃべりしました。
「湘南ビーチFM」といえば、広い湘南のひとたちのほとんどが店先、仕事場、カーラジオなどで流しっぱなしにしており、そうでなく、遊びで湘南にやって来たひとたちの多くもなんとなく聞いているという、そんな空気のような局。
そのFM放送の、昼間の人気トーク番組に、ふたり並んで出演し、曲を代表するキャラクター、森川いつみさんとおしゃべりをした。
FMラジオ番組なのでビデオに録ることも、電波の届かないところではインターネット接続でしか聞けないこともあって、実際に聞いてくれたひとは限られているだろうが、大丈夫ですよ。
話の内容は、ほとんど「葉山 喜寿婚の浜」で書いたことばかり。
私の紹介、みゆきの紹介、つまり私たちのふたりの紹介。
本の表紙になっている「夕陽の浜を歩くふたり」の「絵」の素晴らしさ。
本の帯にも書かれた、
なんと素敵な
なんとやさしい
なんとおしゃれな
大人の恋
の「名文」(私が書きました)の、しっとりとした朗読。
出会った頃の私の印象を、みゆきはこう話した。
「すっと背が高くて、ちょっと寂しそうで、ひとと群れなくて、孤高なイメージかしら。
なにか、船長さん。七つの海を渡って来たひとのように感じて、もしかしたらこのひとならわたしの手を引いて、ずっと世界の海を歩いてくれるかもしれないって」
私が初めて聞く言葉だった。
前夜、ひそかに練習したな、みゆき。
みゆきの印象を問われた私は、
「イタリア映画に登場する女性のようでした」
これは、本に書いたし、いくつかの場所で、何人かのひとにも話した、いわば私の「モチネタ」。
その話から、ふたりにとっての記念碑的な作品、映画『ベニスに死す』の話題に移った。
『ベニスに死す』のダーク・ボガードとシルヴァーナ・マンガーノは、私たちにとって永遠に自分たちのイメージなのだが、この話、リスナーたちに伝わったかな。
こうして話は進み、ふたりでいくつものコンサート、ジャズサロン、野外オペラ、ホームコンサートなどに出かけ、同時に浜で、「エスメラルダ」のテラスで毎日のように会い、語り合い、グラスを傾け、交わし、ふたりの時間を増やしていった月日。
みゆきはこうもいった。
「ずいぶんたくさん飲みました。ビールを何杯かのあと、ワインを空けて、それがなくなったらもう一本。
そのころは、飲み終わって店を出たら、あとは送ってもらって帰るだけ。私の借りている家の前でハグして「おやすみ」で「また明日」。
だから、なるべく長く一緒にいたくて、「もう一本あけようか」っていわれたら「はーい」っていってたんです。
いまのわたしは「飲みすぎないでね」っていってますけど」
そうだったのか。
そして、昨年暮れに、みゆきの指に私が指輪を贈り、2月のバレンタインデーには逗子の教会でふたりだけの結婚式を挙げ、そのいきさつを「葉山 喜寿婚の浜」で上梓し、6月11日には「ラ・プラージュ」で多くのひとたちを招いてパーティを開いた。
たくさんのひとたちが笑顔で祝福してくれた。
こうしたことを踏まえ、
「葉山の素晴らしさは?」
と尋ねられて、私は答えた。
「ひとびとの素晴らしさですね。私たちの幸せを自分のこととして喜んでくれる。そこにはなんの妬みも反感もなく、素直な気持ちがあふれている。
人間としての、心の余裕。それがうれしいですね」
最後に、改めてみゆきの魅力を聞かれて、
「みゆきの心の、本当に真っ白な美しさ。純粋に愛してくれる。駆け引き、打算など微塵もない愛。
そしてやはり、美意識と価値観が共有できるひとであること。これが一番です」
こう続けた。
「もう終わったと思っていた人生で、みゆきに出会って本当によかった」
みゆきも答えた。
「本当にわたしを大事にしてくれる。
余計なことはなにもしなくていいんだよ。綺麗でいて、ピアノを弾いていてくれるだけでいい。そういってくれます」
番組は森川いつみさんの、静かで、やさしい、うたうような、ささやくような、語り掛けで進み、綺麗なフェイドアウトで終わった。
番組のテーマ曲のほか、4つの曲が流された。4曲とも私とみゆきが選んだ曲。
アンドレ・ギャニオン 『巡り会い』
(みゆきのピアノ演奏)
マーラー 交響曲5番 第4楽章『アダージェット』
(映画『ベニスに死す』のテーマ曲)
サティ 『ジュ・トゥ・ヴ(あなたが欲しい)』
(みゆきのピアノ演奏)
ディズニー 『星に願いを』
(みゆきと山口三平(サックス)のデュエット演奏)
FM局から帰ってきて、よかったね、と寛いでいると、みゆきが送ったフェイスブックには次から次へと「いいね」マークが付けられ、その数、百近く。ライン、メールにも「聞いたよ」が続いた。
中には、トークを仕切ってくれた森川いつみさんのフェィスブックもあり、
「佐山さんがおっしゃった、美意識と価値観の共有、という言葉に感動しました」
とあった。
ありがとう。いつみさん。
ありがとう。皆さん。
そして、なによりも一緒にいてくれるみゆきに、
ありがとう。
Amazon
「葉山 喜寿婚の浜」 佐山 透 著