葉山の「おしゃれ」を変える?
センスがよくて気品があって、それでいてカジュアルさも失わない。
そんな女性が多くみられるのが、わが町葉山なのだが、その葉山マダム、葉山レディが、来年春あたりから変わるかもしれない。もっともっと、さらにおしゃれになるかもしれない。
新しい女性ファッションブランド「HAYAMA TIME」が立ち上げられ、来年の春夏ファッションの発表となった。
葉山は、変わっていくかもしれない。
今年の連休明けのある日、私とみゆきは数十人のひとたちを招いてパーティを開いた。
私が住むリゾートマンションの1階にある名高いフレンチレストラン「ラ・プラージュ」を借り切って行われたそのパーティは、私が書いた新刊書「葉山 喜寿婚の浜」の出版記念と、私とみゆきの結婚披露の集まりであったが、その成功と、楽しさ、うれしさ、感動を伝えたこの文章の中に、当日ゲストのひとりとして来てくれたある女性を紹介した。
そのときは、由美さん、としか書かなかったが、宮坂由美さん。
「Lover‘s Birthday」というブランドで多くのファッションを送り出してきた高名なデザイナーで、つい半年前に葉山に居宅を移してきた由美さんの、大きな貴族犬ダルメシアンを引いて浜を歩くその毅然、悠然とした姿に、私もみゆきもすっかり魅かれ、
「あんなひととお友達になれたらいいね」
などと話していた。
その由美さんとは、私たちが毎日坐っていたカフェレストラン「エスメラルダ」のテラスに立ち寄ってくれたのがきっかけで、親しく話すようになった。
そしてしばらくして、由美さんがいった。
「葉山という場所をイメージした服を作りたいと思っているんですよ。ずっと考えていたんですけど、みゆきさんを見てそのイメージがはっきりできました」
だから、その作品ができたとき、モデルとして参加してほしい。着てほしい。
そういわれてみゆきは大喜びで引き受けた。
そして由美さんはパーティに、1枚のデザイン画を持ってきてくれたのだった。
大きな犬を引いて歩く女性の姿。それが、みゆきをイメージしたものであることが、私には感じられた。
私がみゆきを見ていつも感じているものを、由美さんはしっかり捉えてくれていたのだ。
夏から秋にかけての時期に「HAYAMA TIME」の、新作発表のためのカタログ撮影が行われた。
浜が混みあう前に撮影するため、由美さんをはじめとする撮影隊は、まだ朝早い時間、私のマンションのロビーに集合した。
着替えは衣装ごとに私の部屋で、女性スタッフだけに入ってもらって行う。
化粧は、
「普段どおりがいいんですよ」
とはいわれていたが、モデルとしてはそうはいかないらしく、みゆきがいつもかかっている美容師のはるちゃんに、ヘアメイクとして来てもらっていた。
撮影は、マンションのすぐ前の浜から始められた。
みずからもモデルとして出演している由美さんとみゆき、あるいはみゆきひとりが広い浜で、波打ち際で、ボート置き場で、そして少し歩いて森戸神社の石段下の小浜で、次々と新作の衣装を披露していく。
一着ごとにマンションに帰って着替えてくるのだが、そんな時間が少しも感じられないほど、撮影はスムーズに、そして楽しげに進められていった。
みゆきも、最初のころはいくらか緊張の面持ちではあったが、すぐにリラックスしたらしく、柔らかく、優雅に、ときには可愛らしく、次々に表情を変え、身体もごく自然にポーズをとる。
昔のこととはいえ、トップモデルとして華やいでいた時代が、ここに戻ってきたようだった。
私は、付き人よろしく離れたところから撮影を眺めていたが、胸には誇らしさがあふれていた。
やっぱりみゆきはいいよ。
みゆきを見てよ。
そんな思いだった。
実際に、浜を散歩しているひとたちの何人かはみゆきを認め、感心したように、羨ましそうに見つめていた。
この森戸の浜とみゆき。そして私。
切っても切れない、まさに「三位一体」。
私とみゆきは、この浜で出会い、近づき、深まり、そして結ばれ、さらに生き続けている。
その、私たちの聖地ともいえる浜で、いまみゆきが笑っている、弾んでいる、踊っている、見られている。
撮影は「エスメラルダ」のテラスでも行われた。
ほかに客のいないテラスのテーブルに、みゆきがひとり、鮮やかなイエローの、ふわりとした衣装に身を包み、寛いでいる姿。
「はい、いいよ、いいよ。綺麗だよ。素敵でーす!」
カメラマンの声に応えながら表情、仕草を変える。
そのシーンの撮影が終わるころ、みゆきの眼から涙があふれた。
涙はあふれ続けた。
「ごめんなさい」
スタッフに謝ったみゆきは、撮影のあと、私のもとに恥ずかしそうに近づいてきた。
「どうしたの?」
だって、とみゆきはいった。
「あのテーブル」
あとは言葉にならない。
私にはわかった。
いまみゆきが坐っていた場所は、いつも私たちが坐っていたところだった。
そのテーブルでたくさんのことを話し合い、わかり合い、喜び合い、指を絡め合い、肩を寄せ合いした。
聖地中の聖地なのだ。
この場所で撮影できたことだけでも、幸せだったろう。
最後にひとつのシーンが用意されていた。
私のマンションの「ラ・プラージュ」の、浜に面したテーブル席。
そこに、青いブラウスにロングスカート姿のみゆきが坐り、その前に輝くようなイエローのシャツに純白のパンツ姿の男性。
そうです。
それは私です。
「葉山の浜のイメージには、テリーさんも入っているんですよ。テリーさんとみゆきさんのおふたりが、「HAYAMA TIME」イメージの始まりだったんですから」
と、由美さんにうまいことをいわれて、お調子者の私がホイホイ乗っかってのモデルデビュー。
グラス片手にみゆきと見つめ合うシーン。
カメラマンまでが、
「はーい、テリーさん、いいですよ。かっこいいなぁ」
お愛想をいうし、由美さんも、
「テリーさん、おめめにハートマークが浮かぶようにして下さい」
などとムチャブリをする。
そうした新人モデルを、目の前の元とはいえトップモデルは、おかしそうに笑顔で見ている。
こうして、和気あいあい、楽しく笑顔のうちに終わった撮影の結果が、綺麗なカタログ、小冊子、絵本、写真集のような形になって出来上がってきた。
この「HAYAMA TIME」で、葉山の、湘南のおしゃれマダム、おしゃれレディたちが、さらにおしゃれに、さらに美しくなってくれることを願おう。信じよう。
由美さんがいってくれた。
「葉山の、おしゃれで幸せなカップルの代表ですから」
今度の冬には、秋冬ものの撮影があるそうだ。