笑顔と花束と、拍手と    

 

笑顔と花束と、拍手みゆきにとって、この数週間は特別な時間帯だったようだ。

といっても、いつものようにピアノのレッスンはあるし、週に一度はフランス語を教えに川崎の学校に通っている。

もちろん私と一緒にどこかに食事に出かけるし、天気がいい日には夕方、浜の「ノアノア」も欠かせない。

先日は葉山の福祉文化会館で行われた「スロバキア国立オペラ劇場」のコンサート形式「セビリアの理髪師」公演に出かけ、思いがけない迫力、芸術性の高さにふたり大いに感銘を受けたものだった。

そのコンサートから帰って、ふたりで森戸海岸を歩いていると、つい先ほどまで素晴らしい舞台を魅せ、聴かせてくれたオペラ歌手たちが、同じ浜を散策しているではないか。

私とみゆきにとって深いゆかりのレストラン「ラ・プラージュ」で、みんなで食事をするのだという。

なんという偶然。

すっかりうれしくなった私たちは、そのうちの何人かに話しかけ、この日の感動を伝えたものだった。

 

笑顔と花束と、拍手このように、通常と変わらない毎日を送っている私たちだが、その実情はずいぶん違っている。

まず、みゆきがピアノの前に坐っている時間が極端に長くなった。

私がランチを食べに「ミユキハウス」に行くころには、数時間のピアノ練習が終わっているし、ランチの後もすぐにピアノに向かう。

夜になっての夕食タイムも変わりがない。

みゆきはこれまでのように、家庭的だったり、レストラン風だったり、居酒屋的だったりの夕食を用意してくれているが、私にはビールなりワインなりを出しても、自分にはお茶かハーブティ。

食後も遅くまでピアノを弾くので、飲まない。

「テリーはどうぞ」

とはいってくれるのだが、そうなると私もあまり飲みたい気にはならない。

そんな時期の初めのころは、なにもなしではつらいからと、私専用のノーアルコールビールなどを持参していたが、やがてそれもやめた。

ふたりで、ドライな食事をし、しばらくの時間、みゆきのピアノに付き合って帰る。

 

次の日も、その次の日も。

このしばらくの期間、みゆきはピアノに懸けていた。

 

コンサートが迫っていたのだ。

そのコンサートに、みゆきはすべてを賭けていた、といってもいい。

だから、みゆきの成功を誰よりも願う私も、みゆきに合わせていた。夫として、パートナーとして。

 

笑顔と花束と、拍手コンサートは、梅雨明け近い昼下がりの数時間行われた。

同じ湘南でも、葉山からは遠く離れた藤沢の駅近くの「ショーホール」。「小ホール」ではなく「SHOWホール」。地元の文化を応援するために、奇特な人士が自社ビルのワンフロアを提供してくれている。

そのホールの担当者が、昨年のみゆきのコンサートを聴き、観て、うちでもやってくれませんか。話を持ってきてくれた。

願ってもない話だったので、みゆきはふたつ返事で快諾し、聞いた私も応援し、バックアップすることにしたのだ。

 

しかし、藤沢のこのホール、ずいぶん遠いな。

思えば昨年のほぼ同じころ、葉山の旧伏見宮別邸の広いホールで、みゆきと、昔の音楽学校の同級生で、それぞれがプロとして活躍している4人の女性で「おしゃべりな鳥たち」という名のピアノと歌のコンサートを開き、数十人の大喝采を受けたものだが、それはそれで素晴らしかったものの、なにしろ暑かった。

手伝いに行った私が、あわや熱中症で倒れるかというほどだったのだが、藤沢のこの日もそれに負けない暑さ。

しかも、自分の車で10分だった葉山と違って、連休なか日の藤沢に車で行くわけにもいかず、みゆきと私は、大きな荷物を持って、バス、横須賀線、東海道線と乗り継いでのホール入り。

心配した熱中症も大丈夫だったのは、あのときと違って二日酔い気味ではなかったからだろうか。それならば、みゆきと付き合っての禁酒、節酒は大いに有効だったわけだ。

 

笑顔と花束と、拍手ビル4階のホールにみゆきを入れ、この日のゲスト、サキソフォンの山口三平さんとみゆきの音合わせを少し見て、私だけが外に出る。

藤沢駅ルミネ1階にある花屋で、花束を予約しており、それを取りに行く。

またまた炎天下を歩きながら、妻に花を贈るという「偉業」に、私の心は浮き立っていた。

 

実は、前々夜、藤沢の会場に来るひとたちの傾向から、花などくれるひとはいないかもしれない、と聞いて、私は、

「ぼくが花を贈ったらおかしいかな」

と尋ねてみた。どちらかというと「主催者側」ではないか。

だが、それを聞いたみゆきの顔はパーッと輝いた。壊れそうなほどにこにこした。

だからそのあと、花屋に予約の電話を入れたのだが、次の日にみゆきはいった。

「ゆうべね、テリーがお花をくれた夢を見たの。この部屋が、お花でいっぱいになって」

私はどうも、妻の扱いが下手なようだ。

 

会場前に貼り出されたポスターには「ピアノとジャズのジョイントコンサート」と印刷されていたが、正しくは、

 

みゆきイザベルのピアノ ゲスト 山口三平(サックス)

 

となる。

 

3年前にオープンしたキャパ40人の瀟洒なホールには、スタンウェイのピアノが輝き、その舞台奥の重いドアを外から開いてみゆきが登場する。

休憩を挟んでみゆきイザベルのピアノでクラシック曲が6曲。

そのあと、サックスの山口三平とのデュオでジャズ・ポップス3曲。

 

バッハ/マルチェロ    ニ短調のコンチェルト BWM974

 

笑顔と花束と、拍手マルチェロがチェンバロのために作曲したものをバッハがピアノ曲に変えたもので、雰囲気、印象の違う3部からなっているが、なかでも「祷り」と題された第2部は、幾度も聴いている私にも激しく、重く、宗教的に響く。

涙ぐみそうになった。

いつの日か私が死んだら、葬式もなにもいらない。ただ私の写真の前で、みゆきがこの曲を弾いてくれたらうれしい。

そんなことを考えた。

 

シューベルト/ヘラー   鱒

 

静かに泳いでいた鱒が、釣り上げられるさまをうたった、あまりにも有名な歌曲。
「若い女の子は、ずるい釣り師に騙されないようにしなさいよ。という忠告の意味もあるんですよ」

みゆきの解説に、若くない女性客たちは笑っていた。

 

リスト   愛の夢  タランテラ

 

両曲とも、いや「タランテラ」は壮絶な技術を要する難曲中の難曲。

みゆきが毎夜のように苦労し、悩み、格闘していたことを知る私は、息詰まる思いで聴いていたが、弾き終わり、肩を落とし、大きく息をついた。

みゆきもふっと笑顔になったようだった。

 

ドビュッシー  アラベスク   水の反映

 

「アラベスク」は楽しくユーモラスな曲で、会場には、

あ、これ、知ってる!

感があふれ、「水の反映」はみゆきの得意な曲だが、超高度なテクニックを要する。せせらぎから、静寂、ゆったりした流れ、激流の、その水面に映る空や樹々、古城

の姿などが、みゆきの指先から、静かに、緩やかに、そして激しく紡ぎ出される。

 

休憩

 

ドビュッシー  ゴリウォーグのケイクウォーク

 

サティ    あなたが欲しい

 

「あなたが欲しい」は、私たちが湘南FMに出演したときに、パスカル・ロジェのピアノで流した曲だった。出会ったころの私への思いだったといい、私をコロス。

 

笑顔と花束と、拍手休憩

 

山口三平(サックス)が加わって、

 

フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン

 

A列車で行こう

 

いつか王子様が

 

ディズニーの「白雪姫」の主題歌「いつか王子様が」は、

「女の子の誰もが願う、いつか白馬の王子様が現れてわたしを幸せに運んでくれる。そんな夢を歌った曲です」

 

笑顔と花束と、拍手みゆきが「女の子」らしく話す。

こうして会場にあふれる拍手と歓声の中、再び現れたふたり。

アンコール曲は、

 

星に願いを

 

私が一番好きだと、かねてからいっていた曲で、昨年のバレンタインデーにも、みゆきが私のためだけに弾いてくれた。

このときも、私のためだったろうか。

ありがとう、みゆき。

 

笑顔と花束と、拍手アンコール曲が終わり、私は椅子の下に隠していた花束を抱いてステージに上がった。

みゆきに、花束を渡した。

みゆきは、その花束のような笑顔で、客席にいった。

 

「わたしの王子様、です」

 

客席のみんなが、頷いてくれた。ほほ笑んでくれた。拍手をくれた。

 

コンサートの翌日、「ミユキハウス」には私が贈った花束が大きく飾られていた。

 

 笑顔と花束と、拍手

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