「HAYAMA TIME」立ち上げー!
その日、「エスメラルダ」はいつもと違う賑わいを見せていた。
店内には、食事や飲み物のためのテーブルはなく、そのはずのテーブルやカウンターには数々の衣装。シャツ、ブラウス、ドレス、スカートといった女性用のファッションアイテムが展示されている。
店の壁一面にも、華やかな、シックな衣装が連なっており、「エスメラルダ」は店全体でファッションショーを演じていた。
そう。「エスメラルダ」は、新しく立ち上がったファッションブランド「HAYAMA TIME」の展示発表会と予約注文の場となっていたのだ。
店内で食事ができない代わりに、10人ほど座れるテラス席にはこの展示会のために集まってくれた女性客たち、夫婦連れがそれぞれ軽い飲み物などを口にしながら、談笑し、さらにまた衣装を見るべく店内に入り直し、中で試着して、
「これ、どうかしら?」
などと連れに見せに現れたりして、それぞれに楽しんでいる。
春を思わせる温かさと、秋晴れの眩しい太陽。ときに吹き抜ける爽やかな風。
華やいだこの場にぴったりの舞台設定だった。
前回のこのページで、みゆきが、そして1点だけだが、私もモデルとして出演した「HAYAMA TIME」のカタログ撮影。
その成果がいま表れた。
店内ではデザイナーの宮坂由美さんが、客たちの接待、衣装の選別、説明、推薦などに大わらわで、それでも嬉しそうに立ち働いている。
デザイナー、クリエイターとして最も輝いている時間で、そのときの由美さんはたとえようもなく美しい。
テラス席には、シェパード犬のスーちゃんも自分の家のようにドーンと坐っている。もちろんみゆきと一緒だ。
「HAYAMA TIME」のカタログが出来上がってから、みゆきは多くの友人、知人に声をかけ、この日の宣伝をし、以前私とみゆきが呼ばれて出演した「湘南FM」の番組に由美さんを紹介し、ついでにモデル役として共演したりして、大いに活動したものだ。
そのためにテラス席には、当然私の知らないひとたちも、中には私の知らないニックネームでみゆきを呼ぶひともいて、私の居場所はほとんどなかった。
だが、みゆきも心から嬉しそうにしていたので、私はそのときは立ち去って、夜になって出直した。みゆきの世界を邪魔してはいけない。
展示会は3日間行われたが、2日目の夜、由美さんに誘われて、衣装の生地の制作者の女性、宣伝担当の女性スタッフたちと、少し遠くの逗子マリーナのおしゃれなレストランに招待された。
さらに、最終日。
片付けにかかるときに、由美さんがいった。
「3人で、どこかでお食事、しません?」
由美さんは、葉山に移ってから間もないのでこのあたりの店をあまり知らない。
そこで私とみゆきがいろいろ考えて、ときにちょっと贅沢をしたいときに行く日本料理店「まさきち」に案内した。
綺麗な料理を食べ、白ワインを傾けながら、由美さんは心からの言葉でいってくれた。
「みゆきさんとテリーさんには本当に感謝します。「HAYAMA TIME」の立ち上げは、想像以上、期待以上の大成功でした。ありがとうございました」
これをいいたくて、3人だけのテーブルを設定したようだ。
いやいや、私などなにもしていない。邪魔をしに行ったようなものだ。
一生懸命に宣伝に努め、自分の世界からのひとたちも動員して、予約購入に動いてもらったみゆきこそに、由美さんの感謝は贈られるべきだったろう。
「HAYAMA TIME」の立ち上げにみゆきが大いに力になったのとは別に、この展示会には同時にある展示も行われていた。
樋口たつのさんという若い女性イラストレーターの作品も、衣装に交じって何点も飾られていたのだ。
その中の1点、少し大きめな絵に、十数人の男女が輪になって踊っている「ダンス」という絵があった。
マチスの同名の作品を思わせる美しい絵で、みゆきがそれを気に入り、
「この絵、欲しい。買って。お誕生日のプレゼントに。ね」
すがるような眼でいわれて、みゆきに惚れぬいている私が断るはずがないではないか。
いいよ、というと、みゆきは涙ぐんで喜び、樋口たつのさんも、
「じゃ、このダンスの中におふたりの姿を描き加えましょうか」
と、私たちを店の前の路上に出し、つないだ腕を高く掲げて踊るシーンをスマホのカメラに収めてくれた。
店にいるひとも、通行人も、笑顔で見ていた。
うれしかった。