「HAYAMA TIME」第2弾 秋冬コレクション
「おかげさまで、大成功。思っていた以上に注文が集まって、大喜びです」
由美さんはそういって華やかに笑った。
「それもこれも、テリーさんたちのおかげ。ほんとうにありがとうございます」
そんなに丁寧にお礼をいわれても、私としては困るばかり。
それどころか、
「あんなことでそれほど喜んでくれてありがとう」
こちらから礼をいいたいほどだ。
由美さん。宮坂由美。
同じ葉山に住む高名なデザイナーで、これまで数多くの婦人服のブランドを立ち上げ、成功させてきたひとだ。
その由美さんと知り合ったのは、彼女が葉山に居を移してきて少し経ったころ。
まだ結婚して間もない私とみゆきが、そのころも毎日のように坐っていた「エスメラルダ」のテラス席に由美さんも来てくれて、会話を交わすようになったのだが、由美さんはこんなこともいってくれた。
「葉山で暮らす大人の女性、といったイメージのファッションを始めようと思っていたんですけど、いまようやくそのイメージが固まってきました」
つまり、みゆきを見ていて、「葉山の大人の女性」のイメージがはっきりしてきたという。
「ブランドを立ち上げますから、そのモデルになってくれませんか」
みゆきは、以前、イザベル、という名前で、トップモデルとして活躍していたので、私たちとしては、由美さんのこの申し出は極めて当然のように受け取ったし、私も、自分の自慢の妻をそのように評価してくれて嬉しかったのだが、由美さんはさらに重ねていう。
「新ブランドの撮影にはテリーさんも参加してください」
「葉山の大人の女性」の傍にいる「素敵なご主人」の役を演じてほしいというのだ。
「いやぁ、ぼくなんか」
と、当然引き下がろうとする私に、
「婦人服ですから、メインはもちろんみゆきさんですよ。テリーさんにお願いするのは一カットだけ。ね」
由美さんも引き下がらない。
押し切られる形で、
「一カットだけなら」
と仕方なくOKしたのだが、あとになってみゆきがいった。
「婦人服のカタログやファッション雑誌に、ワンシーンだけ登場する男性って、実は一番のポイントなのよ。その男性の存在で、女性モデルがいかに輝くか決まるほどなの」
テリーなら大丈夫よ、とおだてられて木に登ってしまった私だった。
「HAYAMA TIME」春夏コレクション
そのときの撮影で、みゆきと由美さんという女性に交じって一カットだけだが、「ラプラージュ」の、海の見える窓辺の席で、みゆきと向き合って坐る、鮮やかなイエローのシャツをまとった「おじさん」の姿があった。
由美さんが、あとでいってくれた。
「あの黄色いシャツ、ずいぶん注文してもらったんですよ。婦人服の中の1点なのにね」
そのカタログ写真はこの文章でも紹介したので覚えていてくれるひとも多いと思うが、今回冒頭で書いた由美さんのお礼の言葉はそのときのことではない。
そうなのです。
私たちは、またまた由美さんのファッションカタログに登場してしまったのです。
「HAYAMA TIME」秋冬コレクション
撮影は、まだ春の終わりの時期、同じ葉山で行われた。
みゆきと由美さんがそれぞれ新作の服装をまとって、葉山の海岸で、無人のバス停で、観光地的に知られる海辺の屋外カフェ「C」で、100年も続く「洋食」レストラン「菊水亭」で、そして前回に続き、私たちの本拠地、聖地ともいうべき「エスメラルダ」で、撮影は続いた。
浜でのシーンには、由美さんの愛犬、ダルメシアン種の「ダル」が、「エスメラルダ」のシーンでは、わが「プーリー」もちゃっかり参加していた。
そして、最後のシーンになったのは、私たちの「ミユキハウス」で、赤いセーター姿でピアノを弾くみゆきの傍らに立ち、「妻」を見守る「紳士」。
「紳士」は、妻と同じ赤の、ざっくりとしたニットの上着を着ている。
前回の撮影では、
「テリーさん、おメメにハートマークを浮かべてください」
と、厳しい指導をくれた由美さんだったが、今回は、
「テリーさん、みゆきさんをいとおしむ表情をお願いします」
と来た。
うん、これならいつものことだからできる。
こうして撮影されたカタログは、「エスメラルダ」を始めとするいくつものレストラン、カフェ、コーヒーショップ、バーカウンターなどにおかれ、なかでも「エスメラルダ」では、カウンターに積み重ねられたほかに、レジカウンターの前にもページを開いた形で貼り出されていた。
どの店でも、多くのひとが手に取ってみて、
「素敵ですね」
「こんなカップルがいるんだ
などといってくれたそうだ。
だが、カタログでいくら褒められても、人気が出ても、肝心の製品が売れてくれなければ意味がない。
売れればいいな、と思っていたところに、最初の由美さんの言葉が聞かれたのだ。
「おかげさまで、大成功」
カタログ撮影、配布から2か月余りたって、「HAYAMA TIME 秋冬コレクション」は商品化され、東京、大阪、そしてもちろん葉山で、発表展示会が行われた。
相手は、一般のひともいるが、多くは各地のブティック、チェーン店などの経営者、バイヤーなどの専門家。
そうしたひとたちに「HAYAMA TIME」は大いに歓迎されたそうだ。
「特にテリーさんに来てもらった赤いニットがずいぶん予約を集めました」
と由美さんはいうが、
「だって婦人服でしょう。婦人服のブティックで、あの上着を売るんですか」
というと、半信半疑な私に由美さんはいった。
「皆さんね、うちの主人に着せたい。恋人に贈りたい、なんていうんですよ」
そして、
「この秋には、次の春夏ものの撮影がありますから、おふたり、よろしくお願いします」
元トップモデルと、いま売り出し中の新人男性モデルは、こうして穏やかな日々を送っているのであります。