スーちゃんの空
浜に立って見上げる空は、見事な茜色に染まっていた。
この空のどこかに、スーちゃんがいる。
その姿が、私たちには見える気がする。
いまスーちゃんは、天国へと続く虹の橋を渡っている。
スーちゃんの声が聞こえる。
「ありがとう。ママ」
「ありがとう。テリー」
私たちも、声に出さずに、それに答える。
「ありがとう。スーちゃん」
「ありがとう。ストライプ」
スーちゃん、こと、ストライプは、私たちの胸に、大きな幸せを残して旅立っていった。私たちは、スーちゃんの背に、大きな幸せを乗せて、送り出した。
私がスーちゃんの隣に敷いた布団で寝るようになって、初めのころはママの姿を求めるかのように、幾度も起き上がろうとしては起きられずに、マットを激しく掻いたり、頭を床にぶつけたりして私を慌てさせていたが、そのうちにそうした動きはほとんどなくなり、深夜に2、3回水を飲ませる際に、身体の向きを変えてやるだけで、あとは私もスーちゃんも、朝までゆっくり、静かに休むことができるようになった。
スーちゃんに、暴れる力がなくなったせいかもしれなかったが、私たちには、スーちゃんが安心してくれているように思えた。
「スーちゃんは、解ってくれているのね」
みゆきはいう。
「そのときが近づいているのが、解っているのね。だから、私たちにも安心してもらおうとして、静かにしてくれているのね」
スーちゃんは、みゆきの言葉に、微かに笑顔を浮かべてくれたようだった。
そのころから、みゆきは泣かなくなった。
「いっぱい泣いたから、もう泣かない」
そしていう。
「わたしが泣いたら、スーちゃんが幸せに旅立てなくなるから」
スーちゃんがいよいよ旅立つそのときには、みゆきはやはり泣いたが、それはスーちゃんが幸せに旅立ってくれたことへの、感謝の涙であったろう。
旅立つ数日前から、スーちゃんの表情は目に見えて柔らかくなった。
穏やかになった。
やさしくなった。
スーちゃんが逝ったのちに、花を持って、お別れに来てくれた女性、「エスメラルダ」の麻実子店長がいった。
「一年ほど前から、スーちゃんが変わったなと思っていたんですよ」
それまでのスーちゃんは、みゆきを守ろうとしてか、周囲に目を光らせていた。警戒心をあらわにしていた、という。
そうだったろうか。
そういえば、ほかの犬にキッとした目を向けることもあったし、それが私であっても、みゆきの肩に手を回したりすると、ウーッとうなり声をあげることもあった。
ママは、みゆきは、ぼくが守るんだ。
その思いが伝わってきていたという。
ところが、
「一年ほど前だから、おふたりが結婚なさったころですよ。スーちゃんが穏やかになったんです。もう、テリーさんにママを任せてもいいんだ。そう思うようになったんじゃないでしょうか」
そうだったのか。
周囲の目にもそう映っていたのか。
スーちゃんが、おしまいのころ、私の側で安心しきって眠ってくれたのは、私に対する信頼のためだったのか。
ここでも、私はいわなければならない。
スーちゃん、ありがとう。
スーちゃんのママは、ずっと大切に守っていくからね。
もういよいよおしまい、というとき、窓からは柔らかな光が流れていっていた。
みゆきが、横たわっているスーちゃんにそっと顔を寄せた。
スーちゃんも、ゆっくりと顔を起こした。
スーちゃんとみゆきは、静かに見つめ合っていた。
スーちゃんとみゆきは、同じ言葉を話しているようだった。
「ありがとう」
スーちゃんは、もう虹の橋を渡り終えただろうか。
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