“ぶぶはうす”巻き込み計画  

このところ気候がいいせいもあってか、プーリーとドゥージーを浜に連れ出す機会が増えた。
森戸海岸に越してきたばかりのころは、冬のさなかだったので、一日で最も暖かい昼過ぎ。夏の暑い盛りには、夜が明けたばかりの5時過ぎと、日が沈みかけた6時過ぎの2回だったのが、いまの時期はいつ出かけていってもいいので私としても大いに気楽だ。

“ぶぶはうす”巻き込み計画行かなければといったプレッシャーもないし、面倒くさいなという気遅れもない。いい空気の中、2匹と一緒に歩いているとこちらの気分もいいので、好きなとき、開いているときに浜に出る。日に2回が普通だが、3回も、ときに4回というときもある。

未紗のホームを訪ねるのは、一緒にランチを摂るときも、そうでない日ときも日に1回なので、その話をすると未紗のやつ、

「わたしを差別してるのね」

と、ふざけてすねていた。ふざけられるだけ体調も気分もいいのだろう。

そういうわけで、なんとなく平和で、なーんもない日常が続いています。

 

今日も朝9時を回ったころ、2匹にリードをつけて外に出た。

2匹は毎度のことながら大喜びで、ぐいぐい引っ張って外に出る。

2匹はいつものように駐車場の車のあいだを抜けて出ようとするのだが、そこで私はぐっとリードを引き寄せ、外に出さないようにする。

2匹は、え? という感じで揃って振り返るが、すぐに、ああ、そうか、と気づいて改めて周囲を見回す。自分たちの車を探しているのだ。

“ぶぶはうす”巻き込み計画うちにマンションの駐車場はフリースペースで、空いている場所に自由にとめられるので、その日によって駐車場所が違う。背丈の低い2匹にとって、車探しは簡単ではないのかもしれない。それにしばらく前に車を買い替えたばかりなので、まだしっかりとは把握していないのか。

新しい車は、“遊べる軽”でお馴染みのスズキ・ハスラー。軽自動車といっても前のミニクーパーよりひとまわりは大きいが、後部座席にミニと同じに犬用シートを付け直しているので、こればかりは2匹にとっても馴染み深い“自分たちの席”だ。ドアを開けてやると大喜びで飛び乗ろうとするが、失敗するのが目に見えているので私が1匹ずつ抱き上げて放り込む。

どこに行くのかもうわかっている2匹は、すでに興奮状態でプーリーは後部座席を走り回り、吠えまくり。ドゥージーは少しでも前に出たいのか、運転席と助手席の背のあいだから長い上体を乗り出して出発を待っている。

この大騒ぎは、出発前から目的地に着いてからの、約20分間続いた。

行先は“ぶぶはうす”。

 

葉山に越してきてしばらく、2匹を家の近くのトリミングサロンに連れていっていた。大きなペットショップの一角に、ガラス張りのトリミング、シャンプーコーナーのあるごく普通の店。

そこになんの不満もなかったのだが、1年ほどたってそのペットショップがサロンともども閉店してしまった。住宅街のただなかというロケーションが店にはよくなかったのかもしれない。

困ったなと思っているとき、散歩帰りに寄っていたドッグカフェ、犬を連れて入る喫茶店、レストラン“シアン”のママに、送り迎えしてくれるペットサロンがあると聞き、飛びつくように電話をかけ、それが“ぶぶはうす”だった。

“ぶぶはうす”巻き込み計画場所は葉山の隣町、逗子のこちら側の外れ近く、住宅地の一軒家で、広い家屋の一部はペットホテルにもなっている。それにシャンプーなどにはオゾンバスやクレーパックを使うこともできるという優れものなので、ずっと利用させてもらっている。

少し遠いことと、駐車場や立地の関係から自分たちでペットを運んでいくことはできない。送り迎えしてもらうしかないのだが、それもかえって助かるともいえた。

そうして定期的にうちの2匹は送迎を受けていたのだが、森戸海岸に移る少し前、未紗が施設に入った少しのちだった。“ぶぶはうす”が新しくサロンを出したのだ。

ペットホテルは逗子にそのままで、シャンプー、トリミングだけを移した場所は、葉山といっても木古場という、三浦半島を横切って横須賀に抜ける峠に近い場所。そこに小さな家を借りて、おしゃれなサロンを開店した。

距離的に以前とさして変わりはないが、送迎に頼るのでなく、自分でペットを連れていくこともできるのが斬新だった。

確かに送迎は楽ではあるが、自分たちのペットがどういったところで、どういったサービスを受けているかわからないのは、やはり不安でもあった。

こうして“ぶぶはうす”通いが2週間に1度の割で続いており、今日がその日ということだ。

 

“ぶぶはうす”巻き込み計画“ぶぶはうす”の前に車を止めると、20分間の道中、少し疲れて、少し静かになっていた2匹はまた大騒ぎ。ドアを開けるのを待ちきれずに飛び出そうとするので、私は2匹を必死に受け止めて下に置く。

2匹は短い距離を全力疾走で“ぶぶはうす”に飛び込んでいく。

「プーちゃん。ドゥーちゃん、いらっしゃい!」

「ワンワン!うーうー!ガホガホ!」

「お願いします(これは私)」

「はーい。お預かりします」

この朝の最大行事はこうしてようやく終わった。

私は安心して車をそのまま横浜方面に走らせて、葉山、逗子、横須賀では買えないもろもろのショッピングに向かうというわけだ。

 

“ぶぶはうす”はこのように私たちの暮らしになくてはならない店になのだが、最近私の心にある企みが浮かび上がった。

それは前回も書いたように、私の“突然死”を恐れる気持ちから生まれたものだ。

狭いワンルームにプーリーとドゥージーと暮らしている私が、ある日、ある夜、突然死んでしまったら、という不安は決してありえないものではない。

もしそうなったら、プーリー、ドゥージーにはどうしようもない。助けを呼ぶことも、どこかに連絡することもできない。自分で餌を出して食べることも、水を飲むこともできない。トイレの掃除もできない。ただ私の亡骸の側で飢えて死ぬのを待つばかり。

私はいいとしても、2匹だけが助かることはできないのか。

そこで思い浮かんだのが、“ぶぶはうす”の存在。

“ぶぶはうす”には前もいったようにペットホテルもあり、うちの2匹の幾度も、何日も、お世話になっている。そこに2匹を引き取ってもらおう。

“ぶぶはうす”との付き合いが始まってすぐのころ、

「私たちにもしものことがあったら、この2匹を持参金付きで引き取ってもらえませんか」
といってみたことがあったが、そのときママのIさんに、

「持参金はともかく、この子たちを路頭に迷わせることはしませんよ」

といってもらったことも忘れてはいない。

だが、そう約束してもらったにしても、私の“突然死”をどうして“ぶぶはうす”に知らせればいいのか。

ここでも、頭のいい私には名案が湧いて出たのであった。

 

“ぶぶはうす”巻き込み計画毎日散歩している森戸海岸には、同じように犬を連れたひとが多くいて、お互い顔馴染みになっているが、その中にひとり、いつも4、5頭の大小さまざまな犬をまとめて散歩させている女性がいる。

最初はほかのひとたちと同じような愛犬家だろうと思っていたが、その女性のほうから、

「プーちゃんとドゥーちゃん、こんにちは!」

と声を掛けられて、“ぶぶはうす”のスタッフの女性だと気付いた。

話してみると、Nさんというこの女性、森戸海岸のすぐ近くにご主人と娘さんと住んでいて、“ぶぶはうす”とは別に数頭の各種の犬を飼っている。

「犬バカですから」

と笑っていたが、そこに私はつけ込もうとしているのだ。

Nさんは、毎日1回、何時でもいいが私のスマホの電話をする。話などしなくてもいい。1度鳴らしてすぐに切るワンギリ。

私からもワンギリのお返し。これが生きている証し。

これだけのアルバイトをしてくれませんか、という頼みなのだ。

ワンギリ返しが1時間以上なければ、その日のうちに、散歩のついででいいから私の部屋を訪ねてほしい。

そこで私が死んでいたら、そこで119番に掛けるなりして、Nさんは2匹を連れだして“ぶぶはうす”に運んでもらう。私のことはそのままでいいです。

数日後、“ぶぶはうす”とNさんの口座に、いくばくかの持参金とアルバイト料が振り込まれるというわけだ。もちろん、なにごともなければ、Nさんのアルバイト料は些少ですが同様に振り込まれるか、海岸で手渡しします。

手渡しもいいね。ヤクのやり取りみたいでおもしろい。

 

ま、こういった話をなぜ書いたかというと、このページをプリントアウトして“ぶぶはうす”とNさんに渡そうと思っているからだ。

どうでしょうか。このプランというか、お願いというか。

 


Backnumber

浜辺の上の白い部屋 | ジェイコブスラダー | 初めての雪、終わった雪シーサイド葉山の呪縛

40年余り昔 | 花粉症のおはなし | 浜は生きている |つまらない健康おやじ

いま死ぬわけにはいかんのだ | 夏の初め、浜の応援団 | 夏の初め、海の体育祭

何回目かのいいわけが始まった | ヤンキーな夏が逝った | 奇跡のシャンパン物語

ハスラーがやってきた | 孤独な老人のひとりごとひと夜の臨死体験